一日遅れて生誕祭

こっそりとひっそりと、今年もやってきました秋山真琴生誕祭。
恒例と言うほどやってないけれど、秋山に捧げる讃歌がこれ↓。

「A AKIYAMA TALE」

 かの歴史学者ユーゴー・クルーヴィスはこう語った。
「秋山真琴は、もはや想像の産物でしかない」──と。

 ああ、そうだ。私が彼の碑文を発見したのは……そうだね、もう五年ぐらい前になるだろうか。かつてニッポンと呼ばれた小さな島、今や住んでいる者もほとんどいない、地上の楽園と言ってもいいかも知れない……その島の中心部にある祠、そこに刻まれていたのだ。
 『雲上回廊』、その言葉で始まる碑文は、間違いなくニッポンの言語文化、あるいはニッポン文学の歴史を感じるに十分な内容だったように思う。まぁ、そんなに焦らないでもらえるかな。なに、史料は簡単にはなくならないよ。保存方法さえしっかりしていればね。
 しかし、その中でもこの碑文は特に保存がよい。おそらく、非常に大切に守り育てられていたかも知れない。私が考えるに、これは崇拝の対象ではなかったか、ということだ。端的に私の主張を表すとここに帰結する。同時代の碑文のほとんどが朽ち果てかけているにもかかわらず、一文字一文字の彫りの深さまで、千年経った今なお、まるで昨日彫ったかのようにみずみずしい文字の輝きを残しているのだ。もちろん、碑文調査をして年代的に誤りがないことは実証してある。
 おお、どうやら君も興味を持ってくれたようだね。では、そろそろ本題に入ろうか。

その碑文のことを、便宜的に『回廊』と呼ぼう。
 書き出しの言葉もそうだが、そこにまず書かれていたのは、『雲上回廊』という文士が集う殿堂についての記述だったのだからね。
 雲上回廊には多くの文士が参加していた。彼らの足跡を追っていくことはニッポン文学研究の発展に大いに役立つだろうし、彼ら一人一人についての詳細な記述が『回廊』にはあったんだ。いや……彼らの作品すらも、そこには刻まれていたのさ。
 ああ、落ち着いて落ち着いて。人の話は座って聴くものだよ。まずは水を一杯飲むんだ。
 さて……。その中で最も作品が多く、最も言葉を割かれていたのが彼──

 秋山真琴だ。

『回廊』は108人のAKIYAMAでできている。秋山真琴はその一人だったが、どうも彼は特別なAKIYAMAのようだ。そう、いわば彼ら文士の頂点に立つ存在……と言ったところだろうね。
 秋山真琴は雲上回廊に集う、あらゆる文士の作品を読み、欠点を指摘し、長所を褒め、助言を行い、互いの技を研磨することに精力を注いだ。これをニッポン文学ではHENSYUと言う。つまり、秋山真琴は文士であり編集者のAKIYAMAだったようだ。
 ん? AKIYAMAとは何かって? おや、説明していなかったかね。
 ……まあいい、それを分かってもらわないと話が進まない。だが、本当に知らないのか? 予備知識がないと相当びっくりすることになると思うが……。
 そうか……。仕方ないな。
 では、心して聴きたまえ、AKIYAMAとは何かとね──。

AKIYAMAとは、『回廊』に集ったものたちが心にとめていた思想のようなものだ。
 それは実態のない、「鵺やら」なにやらと同じような、概念上の「もにょもにょ」した存在で、「言葉を律する」ことで引き合い、「融合」し、消滅し、そして生まれた「秘められし」誓いのようなものなのだよ。難産に難産を重ね、艱難辛苦七転八倒阿鼻叫喚、そして試行錯誤のうちに削りに削れ、まるで山から崩れ落ちた岩石が母なる海へとたどり着くまでに、余計なものがすっかりこそげ落ちたまさしく珠玉とも言える思想なのだ。
 若いきみには教えておこう。
 思想とは生き様なのだ。けして壊れず、風化することがない。いつまでもいつまでも、人の心に残るのさ。たとえこの碑文が朽ち果てようとも、生き様だけは残り続ける。

 それを作り出したのが秋山真琴だったのさ。

 秋山真琴は24のもので出来ていた。
 つまり――ウィスキー、タバコ、眼鏡、SF、ミステリ、ハードボイルド、フィレンツェマクガフィン、暇、ドクロ、ネクタイ、絶望、憤怒、嫉妬、冷笑、寵愛、ニコ動、ダーツ、麻雀、将棋、ねこ耳、スク水、妹。
 中身は、その時々で変わることもあるが、まあ――おおむねこれらで占めらていたようだね。
 どうだい? 魅力的だろう、秋山という人物は。

「えっと、いやあ、どうだい、とか言われても……」
 いいかい、きみ。歴史が AKIYAMA と述べるときに、その一音、一文字に到るまで込められているものがあるのだよ。
「ええと、いや、あのね、秋山さん?」
 もしもそれがワカモトならば、あぁきぃーやぁま、のようになったかもしれないのだよ?
「秋山さん、壁に話し掛けるのは、そのへんにしてくださいませんか?」
 いいかね、きみ。きみが壁などということは私は気にしていないのだよ。普段だって碑文が唯一の相手だ。セックス? もちろん壁とするよ。知ってるくせに。
「きもいよ。知らねえよ」
 きみ。女の子がそんな言葉遣いするものではないよ。
「そういう設定なんだ」
 もちろんだとも。

 世界の崩壊は、最強が最怯に堕したとき、決定した。
 現実に目を背ける者、その最たる人物、彼の目に映るのは、碑文であった。

「ああもう。ほら、これやるから。あっちいけよ」
 なんだい。冷たいねきみ。まるで鉄壁みたいじゃないか。漆喰のくせに。それになんだい、これは。緑色の……v……o……なんて読むのかね。

 世界の秩序が起動を始めている。
 Loading の文字が静かに明滅し、プログレスバーが塗りつぶされてゆく。自然界を作り上げる、緑色。葱の色に。
VOCALOID 02 初音ミク、起動完了」
 宣告は、彼女の声であった。

 おおおおお! 我が嫁!
「さあ、歌お!」
 らんらんるー!
「生き物の力をかき立てる、全力の歌を!」
 きみは、なんて素晴らしい嫁なんだ! このスポットライトの輝き! その長ネギのしなやかさ!

 きみは長ネギを振り回しながら歌い始めた。
「もーにょ、もにょもにょデンパの子〜♪」
 ちょっと、きみ。なんだね、それは。何を歌っているんだい? 我が嫁がそんな歌を歌うはずがないのだが……。
「あおいっ、星からっ、やぁああてきたぁ〜♪」
 なんなんだ、これは。AKIYAMAのシステムに矛盾が発生したとでもいうのか? これは伝え聞くアイデンティティクライシスというものなのかも知れない。新たなる世界! 新たなる秩序! 新たなる価値観! なんて素晴らしい響きなのだろうか。
 シラーの詩が聞こえてくるようだ。フロイデ!

 大地が揺れている。激しく揺れている。天変地異だろうか。しかし、縦揺れにも程があるだろうに、激しすぎるのではなかろうか。
「編集長、起きてっ! ダーツをしすぎて途中で寝ちゃうなんて、駄目ですよ!!」
 ん……夢落ちなのか? 禁断の夢落ちなのか? いや、駄目だろうよ、それは。
「寝言を寝ながら言わないでください。さぁ、起きてください。終電がなくなってしまいますよ」
 えっと、寝ながら言うから寝言だよな。それより、今までのが全て寝言だったとは、我ながらひどい話だ。
「秋山真琴がひどいのは、この世の理のようなものですよ。何をいまさら」
 そうかも知れないな。だが、もう少しこのまままどろんでいたい。
「そうですか。でも、『回廊』オフの締めは秋山真琴に何か話して欲しいんですけどっ」
 じゃあ、「くぁ、ねみぃ」

『讃歌』2914文字

今回の共犯者の皆さんに「秋山に滑り込みで送りつけたと信じる! 信じるぜ! 」と言われたんですけど、この企画は送りつけないのが基本だったような。いつのまにかそのへんに転がっていて、時間差で秋山が気付くというのが趣向なのです、たぶん。

今回のメンバ。
踝祐吾→イサイ姐さん→姫子→りっちー→もにょ
でした。